命日に思う

ソフトには、関係のない話だが?

2月22日は、私の中学時代からの友人の命日でした。
高校3年の大学受験で、本人にとっては私立受験の最終日であり、ホッとして姉の家に遊びに行った帰り道、交差点で大型トラックに巻き込まれ・・・病院に運ばれ手当を受けるが、頭にダメージがあるらしく、良くて植物人間?と言う状態でした。

当時は、事故直後から知らせを聞いた友人が次から次に駆けつけて、病院のロビーに十数名が泊まり込んで(徹夜して)友の回復を祈ってました。

私も病院に待機した一人ですが、流石に3日目になると・・・・ご家族の方々にも、要らぬ気使いをさせることになるので、当番制にして数人を残し一旦帰宅することになりました。

風呂に入り、布団に入り眠りについて夢を見た・・・・病人が布団に横たわっていたが、いつの間にか居なくなり、慌てて探し回ってる・・・・そこに私への電話を伝える母の声で起されて電話へ・・・友人の訃報の知らせでした。

18の多感な時期でもあり、親友でもあった彼の死は衝撃的なものでした。
葬儀には、全校生徒が出席したんじゃないかと思うほどの長蛇の列ができ・・・友を見送ったのを今でも鮮明に覚えております。

その後、毎年命日には一人で飲み屋に行って(数年前までは、浴びるほど飲んでました。今じゃ体壊して・・・・)横に彼の分の盃を置いて、友人の死を偲びました。
今年は、30回忌に当たるそうで、フェイスブックを通じて、遠くは大阪から昔の仲間が集まり献杯式を有志一同で行われました。
私は、仕事で出席できませんでしたが、父の遺影の横に酒を供えてお参りしました。
今までの人生、大なり小なり「死んでしまいたい!」と思うこともありましたが、毎年この日は「どんなことがあろうとも、お前の分も、俺は生き抜く!」と誓う日でもあります。

どんどん過ぎ去って行く日々の中でも、離れ離れの友人が心の中に同じことを思い繋がっているんだな?と感じた日でもありました。

また会う約束などすることもなく、「それじゃ、またな!」と別れる時の、お前が良い・・・
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